瀬戸内寂聴『美は乱調にあり』
※前ブログ記事の加筆、修正版
女性雑誌「青鞜」の編集者、伊藤野枝の生涯についてつづられた小説。
伊藤野枝は大正時代に活躍した社会活動家の大杉栄と、ほかの妻や愛人たちとによる「四角関係」が有名。それ以外にも、学費を出してくれている婚約者を捨てて懇意の教師の家に入りびたりその子を妊娠する。
下品な話だが相当美人なのかと思ったけどそうでもないらしい。
以下は伊藤野枝が入学式で在校生代表として祝辞を述べている様子を、のちに夫となる男性教師の視点から説明した場面。
小柄なくりっとした軀つきの少女は、産毛の光る小麦色の頬を上気させ、思わずのぞきこみたくなる真黒な瞳できっと前方を見つめ、厚い唇の両端を吊り上げ、入学生の方へ向って大股に歩いていく。
(中略)
その少女は見るからに多いたっぷりした真黒な髪を首筋で無造作に束髪にまとめているだけで、リボンもつけていなかった。衿のあわせ方も袴のつけ方もどこかざくざくとしていてだらしがなく、垢ぬけがしていない。
男性の目から見て、「垢ぬけ」してないけど、思わず「のぞきこみたくなる」瞳をした女、地雷では?
次に、件の男性教師とその母親が伊藤野枝について話をする場面。
「あの子、お前を好きなんだろう」
「さあね」
「野暮ったいけど、可愛げのある子だね」
「そうかな、熊襲の血筋だからね。うっかりさわると火傷しそうだよ」
「熊襲」は九州にあった国の豪族のことで、朝廷に従わなかったため女装したヤマトタケルに熊襲の長が討伐されてしまったようだ。
それを踏まえると「熊襲の血筋」という言葉には、「争いごとを好む」や「簡単には従わない」とや「女(男)好き」という意味がこめられているのかもしれない。
最後に、後に野枝らと大杉栄を取り合うライバルとなる、「青鞜」のメンバーの神近市子という女性から見た野枝についての記述。
市子の方でも野枝の野暮ったさや、どことなく人をくったようなずうずうしさや、そのくせ、自分の魅力を計算したかまととぶった甘え方が鼻について、第一印象から好きになれなかった。化粧気もみせず、みなりもかまわないくせに、妙にむっとつきあげるような色気が滲む女だと思ってみていた。
女性からの評価はいささか辛辣だが、私は神近市子の伊藤野枝評が好きだ。
「この伊藤野枝って女、自分(特に異性の目から見て)可愛いと思われることを疑わない女なんだなあ、しゃらくせえわ」、という気持ちがにじみ出ている気がする。
瀬戸内寂聴は伊藤野枝が大好き
それから、作者の瀬戸内寂聴が、「野枝ちゃん最高!恋愛最高!世間の目なんて関係ないわ!」と感じているのが、文章の端々から読み取られる。
瀬戸内寂聴にとって、伊藤野枝は理想の女性像なのかもしれない。
瀬戸内寂聴は伊藤野枝について「溢れる生命力」「生命力にあふれた~」のように形容することがあったのだけど、それにも納得がいかなかった。生殖本能が強いのかしら。
全体的に、恋愛恋愛ひとつとんで恋愛!という話だったので若干食傷気味。あと伊藤野枝は自分の好きな男の近くにはいてほしくない。絶対に。せめてファムファタルなら絶対的な美で圧倒してほしい。文は読みやすく面白いので、気に入らない女を指さして笑いたい人にはおすすめ。
おしまい